2015年12月11日

にっともっと。ほっとにっと。

今季は、お店のディスプレイも、雑誌も通販も広告も、ニットニットニットです。
あ~、ニット。
もともと冬はニット、夏はキャミソールが大好きで、もうこれでもかーっていうほど色とりどりに持っているのに、見るとまだまだ欲しくなって、ホント弱る。
流行ってるものが、自分には全然似合わないとか、好きじゃないとかだと、助かりますけどー。
チュニック流行の際には、苦笑いすらできないくらい似合わなくて、早々に諦めがついたので、気持ちもクローゼットもすっきりしてましたのに。


実家から持ってきた昔の手紙をざっと整理しました。
当時もらって読んで、箱の中にどんどんしまっていって、そのまま現在まで置き去りになっていたので、少しも色褪せてもなくて、字を見ただけですぐに誰かわかって、最初は懐かしいなーと思ってたのに。
そのうち、身体は今ここに在るのに、意識だけ「あの頃」にいってしまい、軽く混乱したような、世界を二重に視ているような、現実が現実じゃなくなったような、ふわふわしたおかしな感覚になりました。

何度も「いやいや、私は今中学生じゃないんだぞ」とか、「その後にこうでこうで、こうなって、今はこうなんだからね」とか、自分自身に言い聞かせなきゃならないくらい、深く不思議な乖離と混線。
でも、ちょっとうっとりするような切ないような、決して嫌な感覚ではなかったです。

友人たちが書いてくれた手紙やカードにある「私」は、今の私が認識してる私じゃないみたい。
当時はすんなりハマッてたんだろうか。
へー、私ってそんなんだったんだー、と知らない誰かの事のように感心してしまいました。

「期末テストのせいで返事遅くなってごめん」「15歳の誕生日おめでと」「進路どうしよう」「別々の高校に行ってもずっと遊ぼうね」「今は好きな人もいないしなー」「文化祭遊びに行くよ」「日曜日会わない?観たい映画があるんだ」「髪伸ばしてたのに切っちゃった」「このCD貸すから絶対聴いてみて」

なんか、青春でしょー。
真っ只中に居た時には、わからなかった。
ノートの端っこを破いて書いてあった、彼からのメモにはきゅうっとなりました。

そして、「あ、もう期末テスト受けなくていいんだ、大人だから」とか、「進路はもうとっくに決まって、っていうかもう高校も大学も卒業して、就職して転職して・・・」とか、「あーそのCD今も好き。時々聴くよー」とか、乖離と混線が起こる。

その後に付き合った人との悩みを友達にずいぶん相談してたらしく、友達からは心配されていましたが、読んでる私自身が「悪いことはいわない。そんなやつとは別れたほうが良い」と、これが老婆心というものか、と納得の忠告をしたところで、「あ、別れてるわ・・・」と思い至る。
未来予想図どころか、ここまでの未来を全部知ってるわけで、まるで預言者になったよう。
とても不思議に感じたのだけれど、当時の私にとっての未来は、今の私にとっての過去なのね。

それからしばらくの間は、
 ♪あの頃の未来に、僕らは立っているのかなあ
というフレーズを、じんわり味わっていました。
この貴重な玉手箱感覚を失くさないように、次はうんとばばあになってから、それまで再び封印です。
その時私は、今の私がまだ知らないこれからの未来も、すでに知っていることになるので、楽しみなような怖いような。

ああ、今気付いた、この感覚と現実との区別がつかなくなってしまうときっと、今住んでる家に居るのに「うちに帰りたい」って言うようになるんじゃないかな。切ないね。

あの頃の私、が書いた手紙も、もしかしたらどこかに残ってるかもしれない。
当時、何回か母が「おかしいなぁ、私こないだ20歳だったんだけど・・・」と言ってたことがあって、
あの頃の私、は「何言ってんの~」と笑ったものでしたが、
今の私、にはよぅく解ります。あの頃の母、と、今の私、はもう同世代になりました。

2015年は、バックトゥザフューチャーの、「あの未来」の年でもあったんだよ。

Image1541.jpg

高3の学祭の時の、クラスで作ったはっぴ。
ずーーーっとそのまましまってあった・・・。
さすがにこの機に処分しました。もう一生着ないし、リサイクルにもできないし(笑)
表側には、友達が描いた私のあだ名と絵が残ってて、また胸がきゅうっとなったです。

posted by see-co at 10:50| 日記 | 更新情報をチェックする