2017年08月08日

白桃の匂いは幸せの匂い。

絶賛夏バテ中。だ~る~。
ハロー警報をなんとなくフレンドリーに感じる勘違い。


家人が帰宅すると、玄関のコンクリのところに、みけちゃんが寝そべっていたそうです。
冷たい場所を探してるんだね。

みけちゃんは、ここいらを縄張りにしている野良猫です。
みけちゃん以外の野良猫を見たことがないので、猫だけど孤高の一匹狼です。
みけちゃん、とは私が勝手につけた呼び名ですが、近所の子供がみけちゃーんと呼んでいるのを聞いたので、見たまんま、たいていみけちゃんと呼ばれているのではないかと推測します。
三毛の柄の黒い部分がちょこっと鼻にかかっているので、フルネームは「はなくそみけちゃん」です。

みけちゃんは、人間を敵視してはいないようですが、懐いてもいません。
だから、触らせてもらえません。

みけちゃんは、しゃべる猫です。
ある日、窓に寄りそうようにみけちゃんが座ってこっちを見上げていて、目が合うと「にゃー」と言う。
そして、目を逸らさないまま更に鳴く。
「あら、みけちゃん」「にゃー」
「どうしたの?ひと休み中かな」「にゃー」
「みけちゃん」「にゃー」
「お腹すいたの?」「にゃー」
「なんか食べる?」「にゃー」
「煮干しかハムくらいしかないけどいい?」「にゃー」
「じゃ持ってくから、ちょっと待っててね」「にゃー」

外に周ると、建物の向こう側にさっと隠れて、半身だけ出してじっと見ている。
食べ物を置いても、呼んでも、待っても、決して近寄らないので、私が隠れることにする。
ちょっとしてそーっと覗くと、食べ物は無くなっていて、また建物のかげから半身で見ている。
出て行って、また食べ物を置いて、隠れる。
覗くと、無くなっていて、また見てる。
建物の向こう側とこっち側で、交互に出たり隠れたりをくり返し、近所の人に見られたら不審がられたかもしれませんが、みけちゃんとコミュニケーションが取れたので、私は嬉しかった。

別の日に、窓の外から「にゃあん にゃあん にゃあん にゃあん」と思いきり呼ばれたこともありました。
「みけちゃん?またハム食べるの?」「にゃあん」
「あーでも、ごめんね、今手がはなせないの」と言うと、もう一回「にゃあん」と聞こえて静かになりました。

時々道路をぱあっと横切るみけちゃん。背の高い雑草の陰でごろんごろんしていたり。
向かいの家の門柱の上に、箱になって鎮座ましましていた時には、一瞬擬宝珠かと目を疑いましたが、悠然と下々を見下ろす風情は狛犬のようでもある。

年に2~3回、荒れ狂うみけちゃん。
子泣き爺の泣き声とはきっとこんな声だろう、と思わせる、妖しの幼子のような声が夜中家の周りをうろうろしている。ちょっと怖い。

深夜に響く、何かの小動物の死に物狂いで逃げ回る音と鳴き声、興奮したみけちゃんの威嚇する声、それが続いた後の小動物の絶叫と断末魔の悲鳴と、唐突な静寂を聞いてしまった時は、何とも耐えがたい重苦しい気持ちになりましたが、それが弱肉強食ワイルドライフでみけちゃんライフです。

ペットとのように深い交流はできなくても、みけちゃんが元気にいる姿を見れるだけで何だかぽっちり幸せなので、車に気をつけて楽しく長生きしてね、どうしても御飯が獲れなかった時は呼びにおいで、と心の中で思ったりしています。

posted by see-co at 21:39| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年06月23日

お留守番の終わりはぴーぴー鳴いて降参。

MCで、バンド紹介のごあいさつを、
「全員不具合かかえてます!」と言っていたところ、
ほんの2か月足らずの間に、本当にメンバー全員が次々とケガやら病気やらに見舞われ、
言ってた私だけ何ともなかったため、呪いをかけたと疑われています。

次回から変えようと思う。


茶碗を洗っていたら、目の前をコバエが飛んでいきました。
洗剤の泡でもこもこのでかい手でふっとつかんだら、見事にキャッチ&即死。

すごい技をあみ出してしまった。
コバエはそのままさっと流してしまえばいいので始末も簡単、手で直接触れるわけでもないし、殺虫剤とかティッシュとかハエたたきとかの武器もいらない。

ここはひとつ、
「ロシアのコバエキラー」とか「テキサスから来た荒コバエガール」とかの輝かしい異名を取りたい、と思いましたが、
経歴詐称になるので断念しました。
「信濃のコバエ殺し」じゃやだ。


子供の頃まりもを飼った事がある、というのは同世代あるあるでは?という話になり、
いや待て、あれは藻なのだから、「飼った」ではなく「育てた」というべきだ、という流れで、
「でもみんな結構すぐ死なせちゃうんだよね」
「それもおかしい。枯らしちゃうが正しいんじゃない?」
そうだそうだ、となり。

じゃあ、何ですぐ死んじゃうのか。扱いの難しいデリケートな生き物なのでは?
と、全く会話の流れを汲みとらずに話が続いたところで、
某人が一言。
「それだけ誰も藻として見てないってことは、みんな動物みたいにいじくりまわすから、結果死んじゃうんじゃない」

おお~!と納得した瞬間でした。

ちなみに我が家のまりもは弟が飼っていましたが、
水を取り替えるときにうっかり流してしまい、数か月後に排水溝が詰まって逆流した際、茶色く変色した状態で、ぽこっと飛び出してきたそうです。

流してしまった時に弟が泣いていたことを鑑みても、
やっぱりペットのように思っていたのではないかと思います。

posted by see-co at 14:23| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年05月16日

おはなびちょ子さん。

犬だったら、健康を称える誉め言葉ですが、
人間だったら、花粉症などの不調が心配されます。


用事の合間に微妙に時間が空いてしまったので、ちょうどすぐ近くだし、とお墓参りをしました。
だーれもいない静かな境内を抜けて・・・、と思ったら、公開されている建物の中を珍しそうに観ている旅行者らしき外国人のおじさんが二人。
お墓のお花を調えたり、お水をかけたりしていたら、そっと墓地内に入ってきて、
ここに入っても良いか、写真を撮っても良いのか?と尋ねられる。

ええ、どうぞ、と答えると、
できれば、水をかけるアクションを撮らせてほしい、と言われたので、
あー確かに西洋のお墓だと水かけないよね?と思い、ゆっくり水をかけてるとこを、写真カシャカシャカシャ。
水桶と水すくってるところも、と言われ、それらしきポーズでカシャカシャカシャ。

丁寧にお礼を言われ、私がお墓に手を合わせている間は、少し離れて静かに待っていてくれて、
その後少しお話をしました。

チェコの出身だが、もう長いことドイツで暮らしていること。
日本は初めてだが、日本に行くのは15年来の長い夢であったこと。
旅行の3週間目で、あちこち観てきたが、どこも美しく素晴らしい国であること。
家族の写真を見せてくれ、これが妻の○○で、これが娘の○○で、これが孫の○○で、と教えてくれて、まだ赤ちゃんのお孫さんが、立ったまま眠っちゃったところがすごく可愛くて、とその写真も見せてくれ、お花でいっぱいに飾られた、家族のお墓の写真も見せてくれて、
それでは、良い日を、良い旅を、と笑顔で手を振ってお別れしました。

気持ちの柔らかくなる一期一会でした。
15年もの間夢見ていたと言ってくれた日本での旅、どうか良いことずくめで、何にも一つも困ったりイヤな思いをせずに、ハッピーばっかりな思い出になりますように、と心から願いました。


関取花さんの「べつに」という歌がテレビで取り上げられていて、ふと思いついた替え歌。
当たり前ですけど、原曲とはまったく関係ありません。

♪なぜだ なぜ君は ライブの前夜にあばら折る
 なぜだ なぜ君は ライブ間際に入院する
 なぜだ なぜ君は ライブの途中で肺に穴開く
 なぜだ なぜ君は ライブの最中に気絶する
 
上から新しい順で、全部実話で、全部ギターのことです。
よっぽどライブがストレスなのか、呪われてるかのどちらかです。
若気の至りで、ギターを背負いながらお地蔵さまに失礼でもしたんじゃないか。
あばら折ったのは、この前のライブの前夜の話。
当日は、「何かいっつもそんなんだよね、カルシウム飲んでね、」等々言われていました(笑)


シナモンロールを作った人、まじ神。


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牡丹の咲く家。芍薬かもしれません。

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2017年02月22日

りぼんテロ。

風邪ひいたでござる。

どこからこんなに、というほどの鼻水が出る。
かんでもかんでも、10分スパンくらいで、エンドレスに出る。
寝起きだとティッシュ20枚は軽くいける。

信じられないくらいあんまり出るので、もしかしたら寝ている間に、マッドサイエンティストに
「人間鼻水製造機」に改造されてしまったのではないかと思い、その旨打ち明けると、
何の目的で?と聞かれる。
「地球の平和を守るため、は無理そうだしなあ。。。、 ・・・嫌がらせとか??」
「マッドサイエンティストに何したの?」
「正直、心当たりないんだよねー。 あいさつされたのに、気付かずに無視しちゃった、とかかなぁ」
「じゃあ、きちんと謝って、元に戻してもらったら」
「そうだね、そうする」

で、どこにいるの、マッドサイエンティスト?


鼻周りが、かっさかさのひっりひりなので、オロナインを塗ってみましたが、直に嗅ぎ続けるオロナインの香り、嫌いじゃないです。
だが、10分後には鼻かんで、オロナインもいっしょに拭き取られてしまう。 意味なし。

声も掠れた。
一生懸命しゃべってんのに、
「何かヒューヒュー聞こえると思ったら、話しかけてたのか」と言われる。
「天龍源一郎みたい」とも言われる。
本当に、女声の天龍さんみたいなので、ぜひ皆さんに聞いていただきたく、はりきってしゃべったら爆発的に咳込む。

一生懸命しゃべってんのに、
電話の相手が「もしもーし?もしもーし??・・・あれ?つながらない」と言って切った。


唾を飲むのさえビビるくらい喉が痛いので、固いものが食べられなくなった中、ヨーグルトがなめらかでひんやりで、うまい。
はちみつを入れると、少しだけでも痛みが治まるようで、寒季で固形化したはちみつの瓶をがりがりほじっては舐める。
結晶化してざりざりした食感が好きなので、人にも勧めたところ、ふつうは結晶化したら嫌なんだから勧めない方が良いよ、と教えられる。 ヒューヒューと返事する。

それにしても、風邪前から最近はちみつが好きで、
トーストにバターを塗って、はちみつとシナモンパウダーをかけたり、
無糖ヨーグルトに、バナナとおからパウダーを混ぜて、はちみつをのせたり、
シリアルに牛乳をかけて、レーズンとはちみつをのせたり、している。
ありがとう蜂。ありがとう蜂農家の方々。
そして、インスタグラムとかやってなくて良かった。
やってたら間違いなく、上記のような特に工夫もない、ありきたりの食べ物の写真を撮っては載せていたことでしょう。

特技のひとつに、「♪ぶんぶんぶん、はちが飛ぶー」の歌の、全ての語の間に「る」を入れて、エコーがかかってるっぽく歌う、というのがあるんだけど(⇒※「♪ぶるんぶるんぶるん、はるちるがるとるぶるー」と歌う)、リクエストされればいつでも歌います。


それにしても、何を食べてもほとんど味がしない。
せっかくのマカロンも保留中。


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癒しのクラゲ。
間近でガン見より、少し離れてぼんやり見た方が幻想的。

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2016年10月04日

♪やりたくないことばかりが次々とみつかるけれど

近所に棲んでいる山鳩は、通常の2倍速で鳴きます。(私の記憶とイメージ調べ)
山鳩の声といえば、のどかで穏やかな里山の風景を思うわけですが、
倍速で鳴かれると、せわしない気持ちになります。


1ブロックくらい先で、しばらく工事がありました。
いろんな轟音が響いていたのですが、うち2~3日、地面に重ーい何かを落として地固めするような、ドン!ドン!ドン!ドン!という規則的な音と振動が続き、
ふすまが開かなくなりました。
私の感想:うそーん。

毎日必ず数回開け閉めするとこなので、困っています。
目の前で工事したわけじゃないのに、間に数軒の家と道も挟んでるのに、こんなことあるだろうか。
いくら安普請かもしれなくても、こんなことあるだろうか。

もともと、寒い時季にはしぶくなるんでしたが、
もう全体重かけてもびくとも開かないし、無理やり開けたら閉めらんないし。
開閉するたびに、鴨居のレール部分ががりがり削れて、木くずが降ってきます。
一日雨が降っていた日には、削れた部分から木の香りがして、良い香りなんだけど、しちゃだめだろう。

すべりを良くするためにロウを塗る、とかも考えましたが、
すべりが悪いんじゃなく、沈んだか歪んだかしたせいだと思うので、
・・・どうしよう。
力持ちの人数人で、重量挙げのポーズのように全力で鴨居を押し上げたら、良いんじゃないかなー。
とか考えながら、絶賛困り中です。


そこのお店のチーズケーキが好きだったので、買いに行こうとしたら、つぶれていました。
そこのお店のロールケーキが好きだったので、買いに行こうとしたら、つぶれていました。
そこのお店のチョコレートケーキが好きだったのですが、いろいろあったらしく、もう買えないもよう。まだ作っているのかもよくわからない。
そのお店のその味だから好きだったのに、そうなっちゃうともう、一生食べられない。
悲しい気持ち。
そんなに立て続けになくならなくても~、とは思いますが、味も人も代わりが効かない、ってことなのかもしれません。


曲のレパートリーを増やしたいのですが、相方は忙しくてなかなか曲作る時間もないようだし、
カバー曲でなんかやりたいのないかなー、と考えたけど、あんまり思いつかない。
胸をかきむしられるような痛々しい曲や、ホラーで奇妙な曲ばっかり思い浮かぶし、
今まで私が選んで演った曲も、「だいたい変なコードで、コード進行もおかしい」だとか「初聴だととっつきづらい」「覚えづらい」とか言われるし。

いろいろ候補曲を挙げていましたが、案の定どんどん方向を見失い、特撮ヒーローものの主題歌とかいう話になり、
「もし私が、宇宙刑事ギャバンやろう、って言いだしたら止めてね」って言ったら、
「おう!全力で阻止するわ!!」と返ってきました。
頼もしい限りです。


巨峰をいただく機会が多いわけですが、巨峰美味しいですが、
ホントは皮ごと食べられるやつが好きなんだよ。
さくっとする食感も好きだし、剥いたり後で手を洗ったりする面倒さもないし、
ポリフェノールも食物繊維も、摂れそうだよ。


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朝焼け。窓ガラスがピンクと水色に輝き出したので、外を見たらすごい綺麗で、あわててケータイ持ってきて撮った。次の瞬間、っていうくらいの速さで色は拡散して薄くなって、光も消えました。写真で見たら、電線だらけ。

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2016年08月12日

every single day.

たけのこ御飯のタケが緑色だったら、それは竹御飯です。
ばりばりするそうです。
それで、それは確信犯なんだそうです。某人の体験談より。


オリンピックが面白いです。
何を言おうがやっぱり、はかり知れないほどすごくて美しくて、感動して興奮して時には涙も出る。
夢とか絆とかは、こういう時に使う言葉だよ。

そして、日本のフェア精神のすばらしさに感じ入る。
選手の方たちの闘い方や、応援している人たちもそうだけど、テレビの映し方や解説もフェア。

他国でオリンピックを観たときは、その国の選手以外はまっったく映さなくて、
24時間何チャンネルも変えて観ても、競技が映るのはその国の選手が出るときだけ、あとはその録画のエンドレスな繰り返しと、選手の生い立ちからの長い長いドキュメンタリー番組。
なので、各競技に世界各国のどんな選手がいて、どんな風に闘ったのか、どう勝ったり負けたりしたのか、情報がゼロなので流れもドラマも見えず、さっぱりおもしろくなかった。


初夏になる前、高校の同級生数人でひっさしぶりに飲みました。
担任の先生にも会いに行きました。
明日は卒業○周年の同級会です。(残念ながらこちらは参加できないのだけど)

10年以上ぶりの久しぶりに会ったみんなは、結婚したり子供が生まれたりして状況が変わっていたり、見た目も変わったり変わらなかったりしていて、
だけど性格は、ベースはそのまま、その上に優しさとか配慮とか気遣いとかがいっぱい積み重なっていた。

以前なら照れくさくてできなかったような直な優しさも、すんなり示せるようになっていて、
男とか女とかそういうんじゃないし!っていう気張った感覚だったのが、
女性というか同級生感覚だと女子、に対する男子のかっこよさがみんなの端々に出ていて、
「あ、私たちって女の子」と思いました。
男同士より一段特別扱いで大事にしてくれる、みたいなの。

同時に、以前なら照れくさくてできなかった、っていう若いその青くささを、切ないように懐かしく思う。
私たち、かわいかったね。
その青くさいお互いを知ってて、共有してるんだな、同級生ってそういうんだな、と思いました。

あともう一つ、みんな頭良いなあ、賢いなあ、とも思った。
男女関係なく、全員に思った。
難しい話題や専門的知識うんぬんじゃなく、何でもない会話のやりとりで。

家に帰ってから、大人になるって、年を取るって良いもんだね、と嬉しかった。

それからしばらくの脳内BGMが、♪いつまでも 忘れない 今でも目をこうして閉じれば 19のままさ
でもぼくら もう二度と あの日のきらめき この腕に取り戻せない
で、甘く切ない思い。
今までは何でもなく通り過ぎてた歌や、小説や、そういうものの意味だけじゃなく、感性までがわかるようになる。
やっぱり大人になるって良いもんだな、と思いました。


運転の練習を始めました。
これについては、たぶん、次回に。


先生んちのわんこちゃん。
ボール投げをして遊びました♪
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2016年01月09日

おやすみ手袋といちごのバター。

年末に今年の漢字っていうのが発表されますが、昨年の私の漢字は「体」だったかな、と思います。

検診やら精密検査のてんこ盛りでスタートした1年でしたが、結果、長年悩まされてきた数々の不具合の、原因と予防法と治療法がわかる。
よく「なってみないとわからない」と言うけど、それは悪い状態になってみないと、っていう場合に使われることが多いけど、良い状態にも、なってみないとわからない。
身体の調子が安定すると、こんなに心も体も軽いってこと、知らなかったよ。
小学生の頃から辛かった症状の改善策も、子供の頃の自分と母に教えてあげたい。
そしたら人生変わったんじゃないかと、まじめに思います。

あとは、生クリームと揚げ系がだめになってきた。
甘いものも前ほど食べられないし、ワインも飲むと頭痛がするようになってきた。
口では美味しいと感じてるし、好きなのに、体が嫌がる。変だなあ。
年齢っすね。
じゃあしょうがない、と思ってるけど、これも実は対処法があったりして、いつか「もっと早く知っときたかったー」とかなるのかな?


初詣に行っておみくじを引きましたが、「吉」は「大吉」の次に良いと知って、びっくりする。
大吉の次は中吉で、吉はもっと真ん中へん、と何となく思っていた。
でも場所によっても違うみたいだから、善光寺情報です。
去年は吉。今年は大吉。ありがとうございます。


それで思い出したけど、朝の番組ってたいてい今日の運勢のコーナーがあるでしょ。
いつもはテレビ点けてなかったり観てなかったりなのに、たまーーーに、ふと見ると占いやってて、そういう時は必ずといっていいほど「一番悪い」なの、あれはいったい何現象か。神の啓示??
数か月にいっぺんほどしか見ないのに、すごい確率。
かといって、その日気をつけて過ごすとか、ラッキーアイテムを身に付けるとかもしたことがなく、占いのこと自体忘れたままだったりして、本当に悪い運勢だったかどうか、思い出そうとしてもわからない。


コーヒーを淹れたら家人が、
「あー美味しい。美味しいコーヒー飲むと幸せになる」と言った。
こんなことで幸せのお手伝いができるのなら、いくらでもお安い御用ですよ。


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クリスマスのテーブル。ボジョレーヌーボーと、家人セレクトで初めて食べたシュトーレンと、おすそわけにいただいたお花。

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2015年12月11日

にっともっと。ほっとにっと。

今季は、お店のディスプレイも、雑誌も通販も広告も、ニットニットニットです。
あ~、ニット。
もともと冬はニット、夏はキャミソールが大好きで、もうこれでもかーっていうほど色とりどりに持っているのに、見るとまだまだ欲しくなって、ホント弱る。
流行ってるものが、自分には全然似合わないとか、好きじゃないとかだと、助かりますけどー。
チュニック流行の際には、苦笑いすらできないくらい似合わなくて、早々に諦めがついたので、気持ちもクローゼットもすっきりしてましたのに。


実家から持ってきた昔の手紙をざっと整理しました。
当時もらって読んで、箱の中にどんどんしまっていって、そのまま現在まで置き去りになっていたので、少しも色褪せてもなくて、字を見ただけですぐに誰かわかって、最初は懐かしいなーと思ってたのに。
そのうち、身体は今ここに在るのに、意識だけ「あの頃」にいってしまい、軽く混乱したような、世界を二重に視ているような、現実が現実じゃなくなったような、ふわふわしたおかしな感覚になりました。

何度も「いやいや、私は今中学生じゃないんだぞ」とか、「その後にこうでこうで、こうなって、今はこうなんだからね」とか、自分自身に言い聞かせなきゃならないくらい、深く不思議な乖離と混線。
でも、ちょっとうっとりするような切ないような、決して嫌な感覚ではなかったです。

友人たちが書いてくれた手紙やカードにある「私」は、今の私が認識してる私じゃないみたい。
当時はすんなりハマッてたんだろうか。
へー、私ってそんなんだったんだー、と知らない誰かの事のように感心してしまいました。

「期末テストのせいで返事遅くなってごめん」「15歳の誕生日おめでと」「進路どうしよう」「別々の高校に行ってもずっと遊ぼうね」「今は好きな人もいないしなー」「文化祭遊びに行くよ」「日曜日会わない?観たい映画があるんだ」「髪伸ばしてたのに切っちゃった」「このCD貸すから絶対聴いてみて」

なんか、青春でしょー。
真っ只中に居た時には、わからなかった。
ノートの端っこを破いて書いてあった、彼からのメモにはきゅうっとなりました。

そして、「あ、もう期末テスト受けなくていいんだ、大人だから」とか、「進路はもうとっくに決まって、っていうかもう高校も大学も卒業して、就職して転職して・・・」とか、「あーそのCD今も好き。時々聴くよー」とか、乖離と混線が起こる。

その後に付き合った人との悩みを友達にずいぶん相談してたらしく、友達からは心配されていましたが、読んでる私自身が「悪いことはいわない。そんなやつとは別れたほうが良い」と、これが老婆心というものか、と納得の忠告をしたところで、「あ、別れてるわ・・・」と思い至る。
未来予想図どころか、ここまでの未来を全部知ってるわけで、まるで預言者になったよう。
とても不思議に感じたのだけれど、当時の私にとっての未来は、今の私にとっての過去なのね。

それからしばらくの間は、
 ♪あの頃の未来に、僕らは立っているのかなあ
というフレーズを、じんわり味わっていました。
この貴重な玉手箱感覚を失くさないように、次はうんとばばあになってから、それまで再び封印です。
その時私は、今の私がまだ知らないこれからの未来も、すでに知っていることになるので、楽しみなような怖いような。

ああ、今気付いた、この感覚と現実との区別がつかなくなってしまうときっと、今住んでる家に居るのに「うちに帰りたい」って言うようになるんじゃないかな。切ないね。

あの頃の私、が書いた手紙も、もしかしたらどこかに残ってるかもしれない。
当時、何回か母が「おかしいなぁ、私こないだ20歳だったんだけど・・・」と言ってたことがあって、
あの頃の私、は「何言ってんの~」と笑ったものでしたが、
今の私、にはよぅく解ります。あの頃の母、と、今の私、はもう同世代になりました。

2015年は、バックトゥザフューチャーの、「あの未来」の年でもあったんだよ。

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高3の学祭の時の、クラスで作ったはっぴ。
ずーーーっとそのまましまってあった・・・。
さすがにこの機に処分しました。もう一生着ないし、リサイクルにもできないし(笑)
表側には、友達が描いた私のあだ名と絵が残ってて、また胸がきゅうっとなったです。

posted by see-co at 10:50| 日記 | 更新情報をチェックする

2015年10月17日

かみさまがみてる。

テレビをつけると、ラグビーの話題でもちきり。
まったく詳しくないのでぼーっと見ているのですが、ふと
今、オスの柴犬の仔を飼うなら、名前は五郎丸が良い、と思いつき、
家人に伝えたら、「柴で五郎丸、可愛いねー!」と賛同をもらいました。

残念なのは、今のところ犬を飼う予定がないということです。


家人がお土産に、箱入りのお菓子を二種類買ってきてくれました。
美味しくいただいていたら、
「もっといろいろ買ってきてあげれば良かった・・・」と呟いたので、
「充分だよ~」と言いましたが、その気持ちが嬉しかったです。

買い物に出かけた際、「お、ここに来たってことは、スコーン買っても良い?」
って聞いたら、「何でも買えばいいよ」と言ってくれて、嬉しかったです。
何でも買えばいいですって。やさしー。


実家の私の部屋は、もともとは父のオーディオルームで、老後の楽しみにまた大きい音で音楽が聴きたい、との要望に応え、部屋を大片付けしました。

まずは、自分の家の押し入れを整理し直して、スペースを作る。に、丸二日。
連休を利用して、実家に一泊二日で片付け。
引き揚げてきた物々を、整理しながら収納するのに、丸三日。
トータルで一週間かかりました。いやー大変だった。

それでもまだ「完璧」ではないんだけど、ここまではやろう、と思ってたとこまでは。
まぁ、いつかは必ずやらなきゃならない事で、考えようによっては、自分も周りも元気でつつがない状態の今やっておく、っていうのは良いことかもしれない。

実家に居る間中、犬が一時も傍を離れませんでした。
頻繁に階段を昇り降りし、あっちこっち移動するのにぜんぶついてきて、片してる間もベッドの上に陣取り、私が座ると膝に乗っかり、→しょーがないので、左手で犬を抱えながら右手で作業。
いっそのこと、おぶってやろうかとも考えましたが、結構重いし、それもおかしなことだ、と思ってやめましたが。
そして、いつもは8時や9時くらいには寝るらしいのに、深夜まで必死に気張って起きているのが可哀想になり、寝かしつけてやりましたが、犬のくーくーという小さな寝息にしみじみ安らぎました。

自分の家で片してる最中にケガ。
押し入れの天板に乗せてある段ボール箱を、背伸びして両手でつかんで、引っ張り降ろそうとしたら、箱の上の見えない所に更にもう一箱乗っていて、つかんだ箱上を滑り落ちてきて、顔面クラッシュ。
新しい眼鏡をかけていたのですが、ど真ん中にメガヒット。
鼻血出た!?っつーか顔面骨折したんじゃ!?、っつーかまた眼鏡割れた!?、うゎ週末ライブなのにやばいことになってたらどーしよ!!?
と、しびれる顔を押さえてうずくまりながら、焦る。

しばらくしても鼻血は出なく、鼻と頬骨のさかいめあたり、眼鏡の鼻掛けが強く食い込んだせいで、ぷっくと腫れましたがそんなに目立つほどもなく、どうやら大事には至らなかったよう。
眼鏡も、たぶん大丈夫みたい。

ものすごい痛かったけど、ダメージ少なくて良かった、
と思ってたら、ケータイいじってて、手が滑ってすっ飛ばし、外して置いていた眼鏡にガッツン当たって、眼鏡吹っ飛ぶ。

・・・眼鏡の厄年なんでしょうか??


そういえば、ライブ後、会場でひっくり返って転びました。
周りの人が2~3人、駆け寄って助けに来てくれるくらい派手にこけた。(びっくりさせて、すみません;)
立ちあがった次の瞬間、空が見えたからね。

相方に報告したら、「カッコわる。キメキメで転ぶなんて。恥ずかしい」と、冷静に言われました。
「恥ずかしいけど、いー年したキメキメの格好の女が人なかでひっくり返るって、ちょっとおもしろくない??」って言ったら、「キャラ的に笑えない」だってさ。残念。
笑ってくれてもいいんだよ??


自分が知らなくても、見てる人は居る。気付いてる人も居る。
時々分からなくなるけど、そうなんだ、だから、誠実にがんばっていこう、と思う。
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2015年08月25日

巨大化するおにぎり。

いきがかりで運動を始めることになって、3か月。
身体がどんどん変わっていくのが、楽しくてしょうがない今。
周りも驚いているが、私がいちばんびっくりしています。

腕や背中は筋肉がついてむっちり、脚はがっちりしてきました。
こぶしもぎゅっと握れるし、お尻もぐいっと締まるように。
目下は腹筋作り中です。触れば固いけど、見た目にはうっすら縦筋が入る程度。
夢はシックスパックだけど、さすがにそれは難しいと思うので、筋肉の筋がなぞれるくらいになれればいいなぁ。

幼い頃からずっとスポーツをやってきたので、筋力測定ではいつもオールAで、それがかえって恥ずかしくて当時は誰にも言えませんでした。
でもそれは、仕方なくやってたので、ちっとも好きじゃなかったし、楽しいなんて多分一度も思ったことなかった。っていうか、面倒で嫌な気持ちばっかりだったような。

そして大人になり、使わなくなった筋肉はどんどん細くなって、体重も減って・・・という年月を経て、
とうとう今に至る。
かー、運動楽しい♪
なんで苦しいことが楽しいのか、それは今も謎だが、楽しい。
体重は全然変わらないのに、体脂肪は2%も減りました。


珍しい野菜があったら、できるだけ食べてみたいのですが、
「コールラビ」という赤紫のかぶのような野菜を買ったら、ブロッコリの芯そのままの匂いと味だった。
実際はキャベツの仲間ということなので、キャベツの芯みたいともいえます。


ペプシの桃太郎のCM、かっこ良くていつも楽しみに観ているのだけど、
映画化すればいいのにねー、ハリウッドのヒーローものでもいけるよねー、と話してたら、家人がいきなり
「ザ・ピーチメェン」と言った。
(↑↑「Х-MEN」とか「スパイダーマン」とかの英語の予告ナレーションふうに)

・・・ピーチマン。
・・・かっこ良くないかもしれない。。。


アルミ鍋の木製の柄がぐらぐらしていて、とうとう留めてあるネジが一つ外れてしまった。
締めなおしても、すぐにまた取れちゃう。
アルミテープとかで巻いても、熱や水分で取れちゃうよねぇ、調理中にいきなり外れたら危ないし、もう捨てるしかないかー、と言ってたら、
「そういう時は、ネジ穴に爪楊枝折って入れて、ネジ締め直すんだよ」と一言。

やってみたら、本当にちゃんとネジがはまった。
ちっちゃなことだが、惚れ直したぞ。


壊れるといえば、眼鏡を洗っていたら、鼻にかける部分から真っ二つに、突然割れてしまった。
力も入れてなかったし、実際、割れるというような手ごたえもなく、スティックケーキみたいに、ふにっと折れて、呆然。
ど、どうしよう、どうしよう、どうしよう!!!
私は視力0.1もないド近眼なので、眼鏡がないと、まともに生活ができない。
コンタクトはあるけど、かなり強い矯正にしてあるので、普段はきつい、っていうか、眼鏡なしじゃ暮せないよう、とその晩はアロンアルファでひとまずくっつけた眼鏡でおそるおそる過ごし、
翌日、何がどうでも、気に入ったものがなかろうとも、高かろうとも、とりあえず今日中にもらえる眼鏡を作らなくては!と固い決意で眼鏡屋さんへ。

そして、そんな不安は一気に消し飛ぶ。
可愛くておしゃれなフレームがいっぱいで、しかも安い。
またこういう事が起きた場合に備えて、良さそうなら2本作っとくべきだなー、とは考えていましたが、
割れちゃった眼鏡を作ったときの金額で、4本は作れる!

いっぱい考えて、その日はメインと予備の2本買い。
茶フレーム×グリーン&オレンジの柄のと、パープルフレーム×内側がマルチストライプの柄の。
後で、そのお店はキャンペーン中で、もうじきキャンペーン期間終了というのを知り、悩んだ末、おしゃれ用にダークブルーのをもう1本買ってもらう。

でも、アロンアルファでくっつけたやつも捨てることができず、だって、プレゼントしてもらった大事なやつだから、じゃあ家ん中限定で使えばいいんじゃない、で、結果、眼鏡4本。
見えまくりです。

眼鏡が割れた時、あんなに動揺して焦ってたのに、
頭の中では「♪オ、パッキャマラド、パッキャマラド、パオパオパパパ、オ、パッキャマラド、パッキャマラド・・・」と脳内リフレインが楽しげでした。

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2015年02月06日

うれしいおしり。

いろいろ大変だった年末は、特別な大掃除はせずに、大掛かりなお正月の仕度もしない、と決めていたのに、
気がついたら、キッチンの広い床を、漂白してこすって拭きまくっていました。
もうだめだ、しんどい、もうだめだ、と口に出しながら、途中で放棄することもできず、寒さでたれる洟を拭きつつ、結局、一日がかりであっちこっちきれいにする。
もともと弱っていたところに鞭打ったせいで、年を越す頃には、意識はもうろうで身体はぶるぶるして、呆然としているうちに、正月は過ぎていきました。

ここのところ、ありとあらゆる検査を受けています。
そして、かたっぱしから要精密検査だの、要再検査だの、要治療だの、通知やら通告やらを受ける。
だけど私は動じません。
なぜか、子供の頃から、検査を受ける=再検査・精密検査になる、が100%近いパターンだから。
中学生の時の不整脈から始まり、子宮がん、白血球の異常増殖、脳の精密検査、極度の貧血、低血糖、低血圧、・・・他々。
毎回そのたびに、何回も何回も血を抜かれ、点滴され、MRIやらCTスキャンやらレントゲンやら、といっぱいやって、時間もお金もかかって、通院もしたりして、それで疲れてきてよけいに弱る。

今回も、いくら計っても血圧が90台より上がらない、から始まり、
正常値の半分以下の極度の貧血、に加え血清鉄にも異常が認められる、とのことで、主治医に提出する用の精密検査依頼書を出され、
極めつけは、がんの疑い有り。

私は、またか、と思っていましたが、うろたえる母親と家人。
たまたま久しぶりの友達がメールをくれて、元気?オレはメタボだよ、的な内容だったので、
私はがんの疑い有りで、来週から3日がかりの精密検査だよ、と返したらドン引きされる。

結果、がんではありませんでした。
この2か月近く、母は心配で眠れず、家人は何かをこらえていて、ほんと申し訳なかったです。
「ね、検査受ければ精密検査の、いつものパターンだったでしょ」と言いましたが、
まだ貧血の精密検査が残っているし、他にも結果待ちのもあったりで、まったく気が休まらない。
とぼやいたら、「こっちのセリフだよ!」と嘆かれました。

しかしなぜか私は、母と家人を除く、多分すべての人から、元気いっぱいで丈夫でエネルギッシュな人と思われている。と思う。
(ついでに、結構多くの人から、のんきで悩み知らず苦労知らずな人とも思われてる気がする。)
実際は、検査内容とはまた別に、いくつか持病や不具合も抱え、スーパーに行く程度でも10日に1回くらいしか家から出られず、それ以上の外出が続くと体調を崩す。けど。でも。
いつも具合悪そうな人、って思われるよりは、いいよね?


話は全然違うけど、
海外ドラマの
「マイアミ・デイド署のホレイショ・ケインだ。」というセリフを、
「マイアミ・デイド署の奴隷職員だ。」と聞き間違えました。
そうだよねー、いつもいつも凶悪犯罪ばっかりで駆けずり回ってるもんね、などと思い、しばらくたってから気付きました。

洋楽ミュージックビデオ特集を観ていて、
「マリリン・マンソンって、ニコラス・ケイジに似てる。化粧してイッちゃったニコラス・ケイジ」と言ったら、「じゃあ、ニコラス・ケイジなんだよ」と返される。
「ほら、今の角度なんか、ちょーニコラス・ケイジ」と言ったら、
「じゃあ、ニコラス・ケイジなんだよ」と返される。
なので、マリリン・マンソンはニコラス・ケイジの世を忍ぶ仮の姿、ということになりました。逆かもしれないけど。

ジミヘンのライブ映像を観ていて、
原色のサイケデリックな衣装に、ふと「ジミヘンに鯉のぼりをプレゼントしたら、喜んでくれたかなぁ」と言ったら、
「着ちゃうかもね」と言われたので、すっかり嬉しくなる。
黒い真鯉もかっこいいが、やっぱりショッキングピンクの緋鯉かなぁ。

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2014年10月03日

秋晴れ、お彼岸、白い華。

むかごをいただいて、むかごごはんにすると美味しいよ、との教えのとおり炊いてみたら、もちもち♪
次は十六穀米も混ぜて炊いてみたら、もちもちを超えて、むっちむち♪♪
美味しいなあ、ありがたいなあ、と家人と二人で炊きたてをふうふうしながら食べる。

残った分で、同じくいただいた、おかか梅干し入りのおにぎりを作り、次の日のお弁当に。
水筒には温ったかそば茶。

食べたことのない食材や珍しい食材に、どんどんチャレンジしてみたい方なので(ただしゲテモノは除く)、昂ぶりました。
むかごは、山芋の赤ちゃん、なんだって。

そして、出していただいたガトーショコラがあまりにも好みだったため、どこで売っているのか教えてもらって、早速向かう。
日持ちすることがわかったので、3つも買う。
他にも魅力的なお菓子がいっぱいあったので、あれもこれも買う。
ラフランスに、りんごに、栗に、秋のおやつ天国。


基本的に長編は読まないんだけれども、
なかなか面白かった短編集の、シリーズものの長編、ということで、とうとう読み始める。
序章から面白くって、どきどきを楽しみながら1/5くらいまでこつこつと読みすすめていって、
そして、とうとうまたやっちまう。

長編て、登場人物がいっぱいいて、同時進行でいろんな事が起きて、伏線もいっぱいあったりしますよね。
それを、どうなっちゃうの~~!って思いながら読むのが、ページをめくる手が止まらない楽しみなんだと、わかってるんです。
わかってるのに、だんだん耐えられなくなってくる。
それで。
残り4/5を、バッバッとページを適当に大まかに開いて、答えを探してしまいます。

ほー、この人はあの人とつながってたのか。
この事件は、過去のこの件がからんでたのね。
えー、この人が犯人だったの!

こつこつ読めば数日かかる分が、たった10分。
わかってすっきり。
そして、それと引きかえに、少しずつ読みすすめる間の止まらない楽しみと、とうとう全容が明らかになったときのカタルシスを失う。
長ければそれだけ最後に得られる満足感もでかいし、伏線を回収しながらのクライマックスはすごい快感なのに。わかってるのに。

答えがわかって読む4/5は、つまらない。
でも、残念でもったいなくて、しばらくテーブルの上とかベッドサイドとかに置いてみるけど、ぱらぱらめくってみたりしても、もう読みすすめるテンションがない。
それで、その本は、いつか完全に記憶から消えた頃にもう一度読もう・・・ってなって、しまわれてしまう、と。・・・。

これをやっちゃうから、長編は読まないんだけど、
わかってるのに、やっぱり我慢できないばか。あーあ、ばか。
焦らされるのが、大苦手なんです。

街行くカップルが、「これなーんだ」「えーなになにー」「当ててみてー」「えーわかんないよー」「ヒントは○○です」「じゃあ、●●?」「ブー」「◎◎かなあ?」「残念、おしい~」「えー教えてよ」「どーしよっかなー」「最初の一文字だけ教えて」「そうだなー」
みたいな会話を仲良くしてますね。
微笑ましいと思う。
なのに自分がやられると本当にだめで、本気で怒るか、じゃいいやと即で興味を失くす。

決してせっかちじゃないし、むしろのんびりしてると言われるばかりなのに。待つのとか大丈夫だし、長時間じーっとしてるのとかは平気なのに、何でだろと嘆いていたら、
「Sだからでしょ」との一言。
。。。そうでしたか。
一番好きなものを真っ先に食べちゃうのも、それ??


9月は誕生月で100歳の大台に乗り、前の日の夜はお風呂に入って、朝ごはんを食べ、きれいになってお腹もいっぱいになって、苦しむこともなく静かに使い切ったように、晴れ女の面目躍如の秋晴れの中。
いつも自分以外の人の心配ばかりしていたおばあちゃんらしく、親族みんなの都合が良い時を選んだみたいに。
そして、ご先祖様の都合まで考えたかのようなお彼岸に。
おばあちゃんは、今度こそおじいちゃんと一緒にいくことにしたみたいです。
いつもいつも褒めてくれた。一度も怒られたことなかった。
可愛らしくて穏やかで優しくて、いつもにこにこしてた。
今にも声が聞こえてきそうで、いかにもおばあちゃんらしい顔で、とみんなが言う微笑んでる写真は、私の結婚式に出席してくれた時のでした。
覚悟していたし、こんなに良い見事なひきとりかたで、
つらくないし、悲しくないです、ただ、とてもさみしいです。
秋晴れのお彼岸に、白い華。
posted by see-co at 13:45| 日記 | 更新情報をチェックする

2014年09月08日

Sweet thunder & Rockin' cherry!

もうそろそろドアを開けなくちゃ♪

某人の嬉しい嘆き。
ずっと欲しくて探してたのに全然見つからなかった品々が、最近次から次へと見つかり、そして今買わなきゃもう手に入らないかもしれない、という物ばかりで、買うしかないから買ったらすごい金欠。だそう。

そういう縁というか、タイミングというか、そういう時なのですね。

私はここのところ、久しぶりの友人たちに会える機会が続いて、とても嬉しい。
10年ぶりとか、8年ぶりとか、数年ぶりに思い出してくれてメールもらえたりとか。
朝までひたすら飲み続けるのも楽しかったし、みんなで集まるランチもお茶も楽しかった。
久しぶりなのに懐かしくない、友達っていいな、と思う。

「植木鉢にカレーを盛る」は、私の中で格言化しつつあります。

その直前までは、布製品が破れまくる、という時だった。
何かの陰謀か?と問い詰めたくなるほど、捨てるほどじゃない小さな鉤裂きとかほつれとかが、毎日毎日出てくる。
オプションで、ボタン取れたりゴム部分が伸びたりもする。
毎晩毎晩ちくちく繕っている私を見た家人は、
「昭和の奥さんみたい」と言いました。
せっかくなので、♪奥さんはー夜なべーをしてー と歌いながら縫ったら、場がしんみりしました。


一匹の蚊に8か所刺される。三日越しで。
どんどん刺され痕は増えていくのに、犯人の蚊を見つけても、ティッシュやら殺虫剤やら手にした時には見失っている。寝てるとプーンっていうから飛び起きる。と、また痕が増えている。
っていうのを三日も繰り返し、私の殺意(蚊に対する、ね)は日に日に募り、
ぜってー殺すだの、こん畜生めだの、物騒で汚い言葉もエスカレートし、
とうとう仕留めてティッシュでつまみ取ったら、ティッシュが真っ赤に染まり、たらふく吸いやがって・・・とまったく嫌な気持ちになりました。


りんごを食べると歯ぐきから血が出るのは、悪魔のしわざなんだと、教えてもらいました。
閣下がのたまわれたことですから、真実に違いありません。

幽霊は掃除機で吸えばいい、とも教えてもらいました。
ですが、紙パック式じゃないとだめだそうです。
サイクロン式だと、捨てるときに出ちゃうから、だそうです。
トイレとかお風呂だったら、換気扇まわせば吸われて出てっちゃうそうです。

とっても良いことを聞いた、と思ったけど、自分が掃除機に吸われる方になったらやだなーと思うので、
思い残すことなく生きて、迷わず成仏しなきゃな!

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2014年06月22日

「愛さなくていいから」の意味。

テレビで「真夏の方程式」を放送してたので観た。
以下は個人的な考察の覚え書きで、ネタバレ注意です。


前作「容疑者Ⅹの献身」を思い出し、エンドロールに流れる主題歌が頭に流れてきて、
観たとき、歌詞が、石神の心をそのまま表しているように感じてた。
♪愛さなくていいから 遠くで見守ってて  ~繋がってたいんだよ
♪愛せなくていいから ここから見守ってる  ~繋がってたいんだよ

ただ、石神と花岡は相思相愛ではない。石神の一方的な想い。だからこそ「献身」なんだけど。

なので、何で「遠くで見守ってて」なんだろう、「愛さなくていい 忘れてくれていい」だったら解るのに、あーでも「繋がってたい」からかー。と思ってた。
最後は石神の「献身」に花岡が応えたように見えてた。愛じゃなくても、罪悪感からでも。

でも、そうじゃないかもって。
自分のすべてを犠牲にしても、たった一縷の繋がりでもいいから持ちたかった石神に対して、
私がやりましたと真実を明るみにし、自分自身で罪を償うことで、彼の「献身」を受け入れないことで、石神の想いに「応えなかった」んじゃないか、と。
大きな大きな犠牲を払っても、彼女との一筋の繋がりを求めた男の孤独も一途さも、
それは重荷すぎて、背負うことはできません、と繋がりを断ち切った女の葛藤も、泣ける。
彼を愛せたなら、その重荷も背負うことができるのに。感謝はしてる。でも愛せない。

みもふたもなく言っちゃえば、石神と一生繋がるくらいなら、重い罪でも償う方がまだいい、だったんだろうか。
「愛さなくていいから 遠くで見守ってて」の答えは「できません」
「愛せなくていいから ここから見守ってる」の答えは「やめてください」
残酷で哀しいなあ。でも、どうしようもないんだよね。ムリに愛すことなんてできない。

そうすると、地味で冴えない男であることに、意味がある。こんなカッコいい男にここまで想われたら誰だって惚れちゃうよ、っていう男だったら、この「ドラマ」は生まれないわけだから。

あの「ごめんなさい、ごめんなさい」は、
せっかくのあなたの、私たちを守ろうとしてくれた想いを無にしてしまってごめんなさい、巻き込んでしまってごめんなさい、罪の意識に耐えられない弱さにごめんなさい、のように見えて、
あなたの想いには応えられません、ごめんなさい、だったのかな。

あの「どうして」は、
そのまま何食わぬ顔でいれば変わらず暮していけたものをどうして、完璧なはずの計画さえ破綻させてしまう人の心の動きというものに、理解できないどうして、幸せでいてほしい一心だったのにどうしてそうあってくれないのか、あともしかすると、どうして俺なんかのために、のどうして。
でも、どうして受け入れてくれないんだ、のどうして、もあったのかもしれない。

主題歌は、全部聴けば、別に石神の気持ちを表すための歌じゃないんだけど、
泣ける切ない歌に聴かせといて、サビのあの歌詞で、純粋さと、その裏の押し付けがましさを感じさせるのが、計算のうちだとしたらすごい。


そう考えると、「真夏の方程式」は対照的だ。
前作が「あなたと共に重荷を背負うことはできない。愛していないから」なら、
今作は、誰もが「あなたの罪の共犯者になろう。あなたの罪と苦しみを引き受けよう。愛しているから」だ。

どうして甥っ子巻き込むんだよ、とは思ったけど。
好奇心旺盛で賢く、将来科学の道にすすみそうなあの子にとっての、あの夏は、
知らずとも重い罪に加担してしまった苦しみの始まりと、
自分を取り巻く世界のおもしろさと自分自身の素養に気付き、将来へつながる道への第一歩かもしれない。
苦しみと、喜びの、両方を与えられ、知り始めた夏。
身内から与えられた苦しみと、他人から教えられた喜びと、でもきっと大人になるにつれ、彼の苦しみに苦しみ、彼を救おうと手を差し伸べる身内と、喜びをただそのままに生きてはいけない他人=社会との関係を知っていく。
人生は複雑に絡み合う織色だ。

もしも、そういう子じゃなかったら、自分がしてしまったことの意味にも気付かずにいられたのに。
おじさんも、何も気付かないだろうと思ったから、手伝わせたんだろうし。
でも、そういう子だったから、湯川との関わりができた。
今回、湯川先生が物理学者である理由は、謎解きのためではなく、あの子の未来の道しるべになるためだったかな、と。

誰かが言ってたけど、晩夏が似合う、
ふと、返らない子供の頃の、夏休みが胸をよぎって切ないような、
少年の、ひと夏の、でも人生を変えるきっかけとなったある夏の、ドラマでした。
posted by see-co at 08:16| 日記 | 更新情報をチェックする

2014年05月21日

恋人だった頃の、赤のエナメル履いて。

昨日の朝、今年の初カッコーの声を聞きました。
またこの季節がきたのね、もう一年経ったのね、と。
今はまだ二声、三声といったところですが、そのうち高らかに響く声で、何度も続けて鳴くようになります。
初めて聞いたときには、あまりの見事さに、通りの横断歩道の音が聞こえてきてるのか?と思ったくらいです。
~野鳥♪

体調を崩した家人が病院に行ったところ、うつるタイプの風邪とのこと。
しかし、翌日私はどーしても人中に出かけなければならず、
うつったら動けなくなるし、周りにも多大な迷惑がかかる、との判断から、
家人、自ら隔離を選び、ソファで寝ると言って部屋に閉じこもる。
病人なのにちゃんとした環境で寝かせてあげられないのに心が痛み、心配で飲み物やら保冷剤入りのタオルやら持って行くんだけど、近寄るな大丈夫だから、と言われ、とにかく追い出される。
不謹慎かもしれないけど、家族が伝染病にかかってしまった人は、この何十倍も心配で切なくて、たまらないだろうな、と思う。

読みたい本が次から次へと見つかってしまい、あれもこれもと30数冊まとめ買い。
嬉しさのテンション高い状態で軽く手をつけると、30冊全部を一日で一気に読み散らかす、という悪食というか悪読をするのが常なので、
いったん押入れにしまって目に触れないようにしてから、一冊ずつ取り出して楽しみに読む、という規制を自分に課しています。

そういえば、小学生の頃、「とうげの旗」が届くのが楽しみでした。
確か季刊誌で、希望者は購読を申し込み、発行されると担任の先生から手渡されるシステムだった。
懐かしいなぁ、また読みたいなぁ、実家の本棚に並べてたけどもう捨てちゃったよなぁ・・・などと思い、ふと検索してみたら。

すごい!!
バックナンバーがアップされていて、読み放題になっていました!!
ブラーボ!!
表紙絵のいくつかは記憶に残っていて、懐かしさにじーん。。。
きっと誰でも、子供の頃によく読んだ漫画とか雑誌とか、今目の前に出されたら、「あーっ!これ覚えてるー!!」ってなると思うけど、それ。

ちなみにホームページには、
「信州児童文学会―
 少年少女の雑誌として1971年に創刊された「とうげの旗」は、親子で読み合う雑誌として年4回の発行を続けてきましたが、2012年2月発行の第162号をもって終刊となりました。
 今後は、信州児童文学会誌「とうげの旗」として、童話、詩、随筆、小説、戯曲、評論など、会員の作品を紹介してゆきます。
 独自性があって、文学性が高くて、本物の児童文学を追求する──理念は高く持った上で、視線を子どもたちに向けて書き続けています。」
とあります。

民話や昔話ものから、詩やエッセイ、小説、などジャンルもいろいろで、大人が読んでもおもしろいので、
よろしければ以下。
http://hiroshi-mer.haru.gs/tougenohata.html

もひとつ本つながりで。
ブックオフのシールは剥がしにくい。べたべたも残るし。
箸に付いてるシールも。
あと、ニラやほうれん草を束ねてるテープも。
posted by see-co at 18:03| 日記 | 更新情報をチェックする

2014年04月19日

きりんのバナナ、パイナップルのお茶。

小さな庭に最初に咲く花は水仙なのですが、今年はまだ咲かない。
っていうか、このままじゃもう咲かないのかもしれない。
ご近所さんの水仙たちは、みんなもう咲いてるし。
球根系の花は、毎年ちゃんと球根を離して植え替えてあげないと、だんだん弱って咲かなくなる、って聞いたことがあるような気がします。
気がするだけでウソ情報かもしれません。
っていうか、そもそも水仙って球根???

ガーデニングとか、家庭菜園とか、好きで得意なひとだったらどんなに良かっただろう、とそれはもう心から常々思っていて、そういうひとの土に根ざした素敵さにうっとりするくらい憧れているんだけれど、
水仙が咲かない。。。私の現実・・・。


最近の口ぐせは、「全日本○○な人選手権」。
きっかけは、犬を褒めたりかまったりしている時に、
「まーかわいい!あんまり可愛いから、全日本可愛い犬選手権にエントリーしちゃうかな?」
「えらいねぇ!そんなに賢いなら、全日本賢い犬選手権にノミネートされるかもよ?」
などと言っていたのですが、だんだん対象が人間にシフト。

そして、
「全日本お寿司が食べたい人選手権」だの、
「全日本疲れすぎてもう動けない人選手権」だの、
「全日本買い物に失敗した人選手権」だのに、連日エントリーしています。
ちなみに家人のことも、
「朝起きたくない人選手権」にエントリーしておきました。

そうやって言っていると、いろんなことが軽く現実逃避できて、精神的になんか楽ちんで良いんですが、
口ぐせになってしまったため、所構わず口走ってしまうところがいけない。
が、口走っても誰も反応しない、ということも薄々わかってきて(気味悪くて反応できないだけかもしれないけど)、ますます増長し、うっとうしい状態になりつつあります。
全日本ちょんこづいて独り言言う人選手権。

「朝起きたくない人選手権」にエントリーした家人は、その後がんばって起きたので、
しじゅほうしょうがもらえるかもしれない、と言っておきましたが、遅刻しそうだそれどころじゃない、と返されました。


友人から、お久しぶりメールが来たのですが、
「相変わらず、傍若無人ですか?」

何だとう。
生まれてこのかた、傍若無人だったことなんか、一度もねーわ!

posted by see-co at 09:04| 日記 | 更新情報をチェックする

2014年03月31日

ブログサイト変更のお知らせ。

今回はお知らせです。

現在使用中のブログサイトがサービス終了になるようで、ブログサイトを変更しなければならないようです。

それに伴い、現在のブログアドレス(http://blogs.dion.ne.jp/cat0206/)も変更になってしまいます。

この後、ブログの移行を行いますが、移行の手続きを済ませないと、新しいブログアドレスがわかりません。
でも、移行後は、このブログサイトへの投稿や編集ができなくなります。

ということで、このサイトにて新しいブログアドレスをお知らせできないため、
このブログに直接リンクをいただいている方がいらっしゃいましたら、
以下の手順にて、新しいブログサイトに行けますので、お手数をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。


「See-Style」ホーム・・・ http://www.h4.dion.ne.jp/~cat0206/
   ↓
Enterして、トップページより「TuBuYaKi」をクリック
   ↓
「Blog」をクリック


現在のブログサイトの閲覧は、2014年6月30日まで可能なようです。

ではでは、引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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2013年12月20日

とかげのサラダ。

雪の季節、チョコレート、ミルク入りのコーヒー、濃い赤の口紅、甘い匂いの香水。

ホットチョコレートをいただいたので、寒くなるのを待って、
どんな飲み物だろう~、とどきどきしながら飲んでみたところ、ほぼココアでした。まろやか?

最近のヒットは、母作のゆず大根。
生のゆずが、こんなにも良い香りの甘く爽やかなものだと、またひとつ開眼。

蜜たっぷりのりんごを一箱いただく。
いいづなの、いいりんご。
いいな、いいづな、いいりんご。

すすめられて買ったセーターが、着てみたところ色も形も想像以上に良くて、もう一枚欲しいんだけど(予備に)、こういうのをムダっていうんでしょうか?
少しだけど、着なくなった洋服を整理して、たんすに余裕ができたところなのに。

最近のスタジオは、長らく定番だった健康の話題から少し離れ、物欲の話ばかりです。
熱のあるやつがいると、周りも温まるね。
ただし、熱が飛び火して、一緒に燃えたりしないところが、大人だけどね。
そのうち話がそれて、地域のゴミ出しだのの話になったりして、
「ってゆーか、もっと音楽の話しようよ」
「・・・めんどくせ」
ああ、大人になってしまったよ。

保険会社のCMを見て、
「いいよいいよ、大変なら今やらなくても」などと言って、相手がそれに従った結果、もっと大変な事態に追い込まれてしまうところ、私はブラックスワンでしょうか。


実家で、インコをかごから出して遊ばせてると、プードルが狙う。
もともと水鳥を捕るために改良された犬種だそうだから、魅力的な獲物なんだと思う。
(散歩中、川辺でサギを狙ってたし。ムリ。でかすぎ。)

しかし、過去に何度も怒られてるので、いけないことはわかってて、本気中の本気ではないようで、そろそろと低い姿勢で忍び寄って、軽く飛びかかってみる、というかんじ。

最初は人間も目を配って、真剣に対策を講じてみてたけど、鳥は鳥でそれこそ犬をなめきっていて、犬のケージの中にまで入ったり、犬のごはんをつついてみたり、狙われてるのを承知でギリギリまで好き放題やらかして、飛びかかられた瞬間「ジャッ!」と一声鳴いて、飛んで逃げる。
「へっへーん、おしりぺんぺん、ここまでおいで~♪」とでも歌いそうなくらい。

犬はテリトリーの中にふんをされ、ごはんを食べ散らかされ、さんざん。
ちなみに犬のごはんだから、鶏のささみとか入ってたりして、それ食べた時は共食いやばいと思ったし、後で具合悪くなるんじゃないかと心配したけど、一向に平気で元気でいる。
思うに、小さい鳥が肉食じゃないのは、ただ単に自分が獲れるサイズの動物なんかがいないだけじゃないのか。
虫とか食べるんだしね、小鳥でも本当は肉食っていうか、何でも食べれるんじゃないか、とインコの傍若無人ぶりをみて思う。

そんなトム&ジェリーのようなふたりの世話をやいていた父が、
「仲良くしなきゃだめでしょ!」
とまじめに叱っていたのが、ひそかにツボでした(笑)

posted by see-co at 18:22| 日記 | 更新情報をチェックする

2013年10月11日

秋の日はつるべ落とし。

敬老の日に、久しぶりに祖母に会いに行きました。
9月に誕生日を迎えて、99歳。
すごいねぇ!!

ばあちゃんの旦那さまである私の祖父は、私が4歳のときに亡くなっています。
つい10年くらいか前に、ばあちゃんの夢枕に、じいちゃんが立ったらしい。
「もういいだろう」と迎えに来たじいちゃんを、
「まだだ!」と怒って追い返したそうな(笑)

ずいぶん痩せて小さくなってしまい、車椅子でのご対面でしたが、
中学生のとき、学校行事を見に来てくれて、私の友人に「おばあちゃん、ラブリー黒ハート」と言われたとおり、今でも可愛らしいです。
私の手は母に似ているとずっと思ってきたけど、祖母にもそっくりなのが、不思議だ。
生家に帰りたい、と言うのが、いじらしくて切ない。
帰り際のさみしそうな姿に、じゃあねと手を振るのがまた切なかった。

帰り路、一緒に行ってくれた家人が私のことを、長生きしそうだ、と言うので、大変不安になる。
祖母にはまだまだ長生きしてもらいたいけれど、自分の場合は非常に困る。
ので、「もしも、もしもだよ、私の方が長生きしてしまって、これ以上生きたら人様に迷惑がかかる、となったら、ソッコーで迎えに来て。絶対に断らないって、固く心に決めておくから。」
と家人にお願いしておきました。

しかし、亡くなった祖父の方は、闘病生活に疲れ、
「ご先祖様にお願いして、お盆に連れて行ってもらう」と公言して、本当に送り盆の8月16日に亡くなったのだから、いざとなったらその手も使えるらしい。


ところで、この夏は、これでもかというほど、次々とサンダルが壊れました。
捨てるほどじゃなくても、中敷が剥げたり、ストラップが取れたり、履いたほぼ全足が壊れたので、修理に手間と気力が要った。

こういうのって、何で同時期にいっせいに起こるんだろ。
電化製品もそうだけど、あと、この間は詰め替えのタイミングもいっせいに来て、シャンプーやら洗剤やら、端から使うたびに詰め替えてた。

ここ最近暑さがぶり返して、異常気象なのにちょっと嬉しい。
インディアンサマー??

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2013年08月06日

鼻ティッシュの惨劇。

ティッシュが入ったまま洗濯してしまいました。
いつも全てのポケットをチェックするのに、めったに着ないやつだったから、見落とした。
この衝撃は、高校生以来くらいかも。


知り合いのコの自宅ガレージに泥棒が入ったそうで、
家族で住んでるのに、シャッターも閉めてあったのに、怖いし気持ち悪いし、と辛そうでした。
警察いわく、下調べを行ったうえでの犯行とのことで、プロの仕業だろうとか。

「こういう会話をすることで、せめてこれをきっかけにして、あらためて防犯対策しようね」
と話しましたので、これを目にした方も、是非に防犯対策の見直しを。

それにしても、許せないのは犯人。
こういうやつは、たとえ捕まっても、どうせ一生犯罪をくり返して、何にも悪いことしてない人を苦しめるばかりの人生を送るだろうと思うので、終身刑にしてほしい。無期懲役じゃだめです。


エアコンつけないとちょっと暑いが、つけると温度高めに設定しても肌寒くて、という体感温度のある日。
コーヒー飲もう、その前にシャワー浴びよう、と思って、ほんの10分足らず熱いシャワーを浴びて、熱いコーヒーを飲んだら、途端にものすごく暑くなって、慌ててエアコンを急速冷風。

別のある日は、体調的に体温調節がうまくいかなくって、エアコン入れず、扇風機は私以外の方を向け、赤外線ファンヒーターを背中に当てて温めてたら、家人の具合が悪くなってしまった。

外気の温度が変わったわけじゃないのに、
自分の状態ひとつで、暑かったり寒かったり。
自分は寒くて、ひとは暑かったり。

「外」を判断するのは常に「自分」だけど、主観なんてものも、流動的というか刹那的というか、不安定であてにならない。

暑かったらエアコン入れて、寒かったらヒーターつけて、その時ごとに快適なように生きられたら、こんなストレスフリーなことはないけど、現実のいろんなことはそんなふうにはいかないし、ひとと一緒ならなおさら。

だけど、「ごめんね、暑いのにがまんさせちゃって」
「いいよ、だって寒かったんでしょ、しょうがないよ」
って言葉を交わすとき、
私とあなたは違うけれど、私はあなたが好きだよ、って思う。
posted by see-co at 15:51| 日記 | 更新情報をチェックする